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484. 蠟山政道=人事院月報第74号(その3) [49.「人事院月報」拾い読み]

 蠟山政道「人事行政に望むもの」(つづき2)

 このような三つの特徴をもつている公務員法および人事行政は、日本の行政制度を人事の面を通じてかなり変革した。ことに目立つのは、第二の特徴であつて、過去の不統一な人事制度をアメリカに発達した人事行政上の観念に従つて統一することに一歩前進した。そうして、同時に、過去の人事制度の下にある行政の非民主性と非能率性の根本原因を改めようとした。従来の人事制度は天皇制のイデオロジーたる忠勤義務と官僚制の根幹たる身分的特権的ランキング制を中心として、人事諸制度の統一を保とうとしていたが、それに代うるに民主的で同時に科学的な人事制度を確立しようという試みがなされた。試験、採用、分類、給与、研修、考査、公平審査、健康、安全、厚生、休養、政治的権利、退職等の人事行政の諸事項を統一的に科学的に管理しようと試みられたのである。
 しかし、人事行政は、任命権を始めとして行政管理の一環であるから、行政管理権の主体たる内閣、各省および各庁における行政管理が旧態依然として旧官僚時代の遺風に支配されている限り、また政党内閣としての猟官制度や政党の圧力を受けている限り、また職員組合の政治的圧力などが不当に感ぜられる場合には、人事院による人事行政は内閣その他と孤立または対立する傾向を生まざるを得ない。公務員制度および科学的人事管理の実施によつて、内閣および各省庁の人事管理は多くの点において改善されたとはいえ、人事院による独自の人事行政は徒に煩雑な、実効なき手続を加えたのみである、という批判は確かに存在するし、多少の理由がある。ここに人事制度の形式上の統一と総合は見られたが、人事行政ことに人事管理における思想的な不統一と対立とが見られる。これは人事院が国会との関係において、また公務員自身との関係において、第四院的存在であることから、やむをえない結果であるが、今後は政府機関全体に通ずる人事行政における思想的運用的統一が行われることが望まれる。人事管理を行う主体は人事院にあるのではない。人事院の直接行う人事管理は極めて少く、人事院はいわば人事管理の行われる制度的な枠について関与しているに過ぎない。しかし、人事院は科学的な人事管理のアイデアと技術を普及する中心的な存在であつたといつてよい。
 しかし、科学的な人事行政ということは、当然に反撥を惹起せずにはおかない性質のものである。例えば、職種の分類など人間を身分的またはパーソナルなものと考えて来た封建制度や官僚制度の影響の強く存在しているところへ、職務と分離して考えることなど容易に受け入れられることではない。社会が技術的分業化し、職業が専門化しているならば、官職の分類も常識的に理解される。日本は、米国のように企業の方からそうした科学的管理が始まつたような国とは同一視できない。しかし、今日の日本では、梅も桜も一緒に咲くように、企業も行政も同時にこうした科学的管理の時代に這入つたので、一時の反撥や混乱はあろうが、時代の要請は次第にこの新らしい観念を受け入れるであろう。従つて人事院の果たして来た役割は、多くの反撥と抵抗とを生んだであろうが、決して無用であつたわけではない。かつての占領軍の指令や受け売りのために避け難い一方的なやり方や煩雑な手続という欠陥のあつたことを反省し、今後における創意と工夫、各省庁における人事機関との連絡協力、人間関係に対する深い理解をもつようになるならば、今後の人事行政の発展は期待できよう。

 人事院設置せられて10年、漸くその模倣創生の時期を過ぎようとしている。この10年の経験を反省し、検討して見るならば、そこに幾多の貴重な発見をするであろう。そこに、実際家も学者も協力して解明すべき数多くの問題を見出すであろう。そうして、日本における人事行政も始めて近代的な科学的な基礎に置かれることになるであろう。筆者は次ぎの10年こそ、わが国行政の民主化と能率化にとつて重要な時期となることを固く信ずるものである。

 筆者(写真)紹介
 明治28年11月生れ。大正9年東京帝国大学政治学科卒、大正12年から昭和14年まで東京帝国大学助教授および教授を歴勤。昭和17年衆議院議員に当選、この間東京政治経済研究所を主宰し、中央公論社副社長となつた。また、行政学研究のため数回にわたり欧米に渡航している。
 昭和29年以来現在お茶の水女子大学学長。政治学会理事。行政学会、公益事業学会理事長。
 主要著書 政治学原理、比較政治機構論、英国地方行政の研究、日本における政治学の発達、地方行政論、行政組織論、政治学の任務と対象、ヒュマニズムの政治思想、現代日本文明史、その他。

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