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487. 佐藤達夫=人事院月報第75号(その2) [49.「人事院月報」拾い読み]

佐藤達夫「憲法回想」(つづき)

    ※      ※
 公務員法といえば、この昭和23年の大改正前の、つまり、昭和22年の最初の公務員法のできるときも大変だつた。
 このときも、フーバー氏作製にかかるモデル案が片山首相にとどけられ、それを手本にして立案せよとのお達しだつたのだが、そのモデル案に特別職の列挙があつてそのトップに「天皇」が出ていた。おそらく向うの人の気持ちは、天皇も公務員だという考えから、それが一般職に入つて採用試験を必要とするようになつては困るだろうということで、特別職にしてくれたのだと思つたのだが、とにかくわれわれとしてはその異国的な感覚を興味ふかく思つたのであつた。
 それで思い出すのは、憲法草案審議の議会でも、一脈それに通ずるようなエピソードがあつたことだ。
 衆議院の本会議で共産党の野坂参三氏が、憲法草案の政府原案と英文との差異を突いた。その一つに日本文の第99条(現在の)では、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し養護する義務を負ふ。」となつていて「天皇又は摂政」の語が国務大臣以下の列挙と「及び」の語で切りはなされ、天皇と摂政は公務員ではない扱いになつているにもかかわらず、英訳の方では、 The Emperor or the Regent,the Minister of State,the members of the Diet,judges,and all other public officials. となつていて、天皇も公務員の一種として例示されている、といかにも日本文がごまかしをしているといわんばかりの非難をした。
 このときは、議場もわき立つて、当時の速記録をみると「[取消セ]ト呼ビ其ノ他発言スル者多シ」、「議長(樋貝詮三君)静粛ニ願ヒマス-野坂君ニ申シ上ゲマス、英文ニ付キマシテハ御注意ヲ願ヒマス」というようなことがでている。われわれも、議場でこの野坂発言をききながら、別に他意があつてやつたわけではなし、嫌なことをいい出したものだと眉をひそめたのであつたが、憲法がいよいよ成立して公布をする際、英訳の方を日本文に合わせて The Emperor or the Regent as well as Minister of State,……というように訂正したのであつた。もちろん、この訂正も司令部と連絡の上でなされたのであるが、別に司令部は何ともいわなかつた。
    ※      ※
公務員に関する基本的な規定としては、憲法第15条がある。
 この条文は、マ草案の第14条に相当するわけだが、その外務省訳は遅疑のようになつていた。
 第14条 人民ハ其ノ成否及皇位ノ終局的決定者ナリ
 彼等ハ其ノ公務員ヲ選定及罷免スル不可譲ノ権利ヲ有ス一切ノ公務員ハ全社会ノ奴僕ニシテ如何ナル団体の奴僕ニモアラズ
 有ラユル選挙ニ於テ投票ノ秘密ハ不可侵ニ保タルヘシ選挙人ハ其ノ選択ニ関シ公的ニモ私的ニモ責ヲ問ハルルコト無カルベシ
 われわれの初稿では、これを次の2条文にわけた。
 第15条 官吏其ノ他ノ公務員ハ国家社会の公僕ニシテ、其ノ選任及解任ノ権能ノ根源ハ全国民ニ存ス
 第16条 凡テノ選挙ニ於テ投票ノ秘密ハ不可侵ニシテ、選挙人ハ其ノ為シタル被選挙人ノ選択ニ関シ責ヲ問ハルコトナシ
 ここで苦労したのは、外務省訳で「不可譲の権利」となつているマ草案の inalienable right ということばである。「不可譲」はまさに適訳だが少しぎこちないというわけで、それを「権利ノ根源」としてみた。なお、外務省訳で servants を「奴僕」としているが、これはあまりひどいということで「公僕」としたのであつた。
 それが司令部での審査の結果、大体、マ草案の形にもどされて、3月6日発表の要綱では次のようになつた。
 第14条 国民ハ其ノ公務員ヲ選定及罷免スルノ権利ヲ専有スルコト公務員ハ凡テ全体ノ奉仕者ニシテ其ノ一部ノ奉仕者ニ非ザルコト
 凡ソ選挙ニ於ケル投票ノ秘密ハ之ヲ侵スベカラズ選挙人ハ其ノ選択ニ関シ公的ニモ私的ニモ責ヲ問ハルルコトナカルベキコト
 ここでは「公僕」が「奉仕者」となり、inalienable が「権利ヲ専有スルコト」に改められている。なお、マ草案にある「皇位の終局的決定者」ということばは、第1条でその趣旨は明らかだから削りたいと主張し、先方の同意を得たのであつた。
 その後、やはりこの inalienable ということばが気になつて、最後に口語体の草案に仕上げる段階で、現行の第15条に見られるような「国民固有の権利」ということに落ちついたのである。
 この第15条については、衆議院の審議中その小委員会で、自由党から「全体の奉仕者」、「一部の奉仕者」はことばとして正確でない。「全体への奉仕者」というようにすべきではないかという論が出たが、結局、原案通りとなつた。また、社会党からは、ここに「すべての国民は法律の定めるところによりその才能に応じて均しく公務員に就くことができる。」、「すべての国民は公務(名誉職を含む)に就く義務を負ふ。」の二項を追加する提案があつて、公務に就く権利は明治憲法にも保障されていたところだし、新憲法にも加える方がいい、また、近年一般の風潮として公務の担任、ことに名誉職に就くことを回避する傾向があるから、その義務を規定する必要がある、という説明がなされた。しかし、これについては、権利の面は第13条、第14条などの趣旨から見て当然だといえようし、義務の面については、これを全面的に義務づけることは行きすぎになる。選挙する側に棄権を認めて、選挙される方には就任義務を負わすというのも均合とれないではないか、というような議論もあつて、これもそのままになつた。
 結局、第15条については、貴族院で第3項の「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。」という規定が加わつただけで、原案どおり成立したのであつた。
 なお、この第3項は、貴族院の審議に入つてから例の第66条の、国務大臣は文民でなければならない、という規定とともに、司令部の申し入れによつて修正されたものである。

 筆者(写真)
 国立国会図書館調査及び立法考査局専門調査員
 元法制局長官



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