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494. 米国公務員の給与=人事院月報第78号 [49.「人事院月報」拾い読み]

 昭和32年8月号(通巻第78号)の人事院月報は、人事院の給与勧告の記事に続いて「米国公務員の給与」を紹介する記事を掲載している。アメリカだから、という訳ではないけれども、当時の雰囲気がわかる文章なので、ちょっと長けれども掲載しておきたい。

  米国公務員の給与 -最近における動き-

 合衆国公務員の給与制度の支柱ともいうべきものは1949年分類法であつて、一般の行政職員はじめ事務職員、技術職員等いわゆるホワイトカラー職員の大多数が同法によつてその給与を規制されている。そして、これらの職員は、階層組織の中に占める地位のいかんにかかわらず、また、官吏、雇傭人というような身分的差別もなく、同一の原則、同一の方針にのつとつて給与が定められ、その間には、わずかに職務内容に応じた等級区分があるだけという簡潔な給与体系のもとにある。この体系の概略は、5月号紙上の「米国における連邦公務員制度」においてすでに紹介されているので、ここで繰り返すことを避け、給与に関連する問題-現状にいたる最近の経過-の一、二に触れてみたい。

 1.俸給表の種類について  分類法には通常GSという略称でよばれる一般俸給表(General Schedule)1種だけが定められ、同法の適用ある職員はすべてこの単一の俸給表に従つて俸給を支給されるが、このような形態がとられたのは比較的最近のことである。すなわち、従来の数種の俸給表が戦後にいたつてまず2種に、ついで1954年、現在の1本になつたもので、これは職階制上官職を区分する場合の最大の単位たる「職」の統合をも意味する。1949年分類法の母体というべき1923年分類法においては、俸給表は、専門科学職(P)、補助専門職(SP)、書記行政財務職(CAF)、技能防護監視職(CPC)および書記機械職(CM)の5職からなつていた。1949年に旧法律が全面的に改正されて現行法に移行したが、その際P,SP,CAF,CMがGSとして統合され、統合されずに残ったCPCとともに俸給表は2本建となつた。同時にこの改正により、16~18等級が新設され(従来もCAFに16等級はあつたが、俸給額は設けられていず、各官職個々にその額を定める建前がとられていた。)、また行政部を中心とする職員の分類給与制度を統一的に運営するための人事委員会の権限が確立される等、分類給与制度の内容が大きく変化した。これらの改正は、人事委員会がそれまでに行つた勧告に基づいている。勧告は、分類給与制度の簡素化、俸給額の改訂、人事委員会の事後監査およびその定める基準に従うことを条件としての官職の格付権限の各省庁への委譲、いわゆる賃金委員会官職の各省庁を通じての統一的運営のための調整等を企図していたものであるが、俸給表(職)の統合は、分類給与制度簡素化の目的を果したものといえる。統合前の各俸給表は、その上限と下限とはそれぞれ異なつていたが、互いに重複する部分の等級の各号俸の額、間差は全く一致しており、かつ職を異にする職種に含まれる核職級の相対的な高さもすでに確定されている以上、それに応じた俸給額を表示する尺度たる俸給表を別建とする必要はうすく、すべてをカヴァーする幅をもつもの一つで十分事足りるであろう。この統合に際しては、4種の俸給表の各等級がGSのそれぞれ相当する額の等級に切り換えられたが、専門科学職については、その1等級がGS-5、2等級がGS-7、3等級がGS-9、4等級がGS11に、以下5-8等級はGS12-15に切り換えられた。この関係上旧専門科学職に属する職種は現在でも5等級から11等級まで2等級間隔となつている。
 次に、1954年9月の改正により、1949年の改正では残されたCPC俸給表が廃止され、それまで同俸給表の適用を受けていた職員のうち概数69,000の技能、労務職員は1年内に賃金委員会管轄下の一般職種別賃金制度に移行し、他の、守衛、警備員、消防職員、メッセンジャー等を主とする概数47,000の官職はGSに編入された。この措置がとられた理由は、人事委員会が切換の効果として挙げている、(1)賃金委員会管轄下のブルーカラー官職と給与法管下の同様な官職との間に、従来長期にわたつて存在した不均衡が解消したこと、(2)公共建物、施設等の保守管理等に従事する職員の募集、保持において、政府を民間企業に対する有力な競争者の地位に立たしめたこと、および(3)俸給表の一本化により分類法を簡素化したこと、の諸点に求めることができる。これ以前にも70万を超える職員がすでに賃金委員会管轄の下に一般職種別賃金の適用を受けており(その92%、60万余が陸海空軍に属する。)その2割にも満たない数がCPC俸給表の適用下にあつたに過ぎず、また広大な合衆国全域における、例えば産業構造、経済事情等を著しく異にする北部と南部あるいは東部と西部におけるこの種技能職員に劃一的俸給表を適用することが各地方における労働市場の実情を無視したものであるという点からも、CPC俸給表の廃止はうなずけよう。この結果これらの職員の給与は平均してかなり改善された。

 2.給与額の変遷  合衆国においても第2次大戦中から戦後にかけての物価は、例外なくかなりの上昇傾向を示した。すなわち、消費者価格指数は1939年に比較して1947~49年平均で68%上昇し、その後朝鮮事変を契機にさらに騰り、55年6月現在の上昇率は1947~9年を基準として14.4%、1939年を基準として93%に達している。これに応じて分類法に定める俸給表も1942年、45年、46年、48年、49年、51年、55年および56年と屡々改訂を受けて今日に至つた。これらの改訂の経過、とくに戦時から戦争直後にかけての改訂を通じてみられる大きな特色は、下位の等級における上昇率が上位の等級のそれに比して著しく高いことである。これは、戦時における厖大な軍事予算の影響を受けて公務員の給与予算総額が押さえられ、その枠内で猶予を物価上昇に適応せしめるための必要な措置であつたと思われるが、合衆国のように一般的賃金水準の高い国においてさえ給与がこのように生活給的色彩を感じさせる方向をたどつたことは興味深い。この結果、給与の上下の較差は戦前に比べて次第に減少し、第1図に見られるように最高号俸の最低号俸に対する比率は、1928年における8.82から1948年には5.1に、1949年の改正で多少増加はしたが現在ではさらに4.88と、大幅に縮小した。これを消費者物価との関係において見ると、第2図に示すように、下位等級、特に1等級ないし3等級では俸給額の増加率が消費者価格指数の上昇率を上廻り、給与改善が物価騰貴を十分にカヴァーしているのに対して上位等級における俸給額の増加率は物価の上昇率に遠く及ばない。このため、そうでなくてさえ民間企業より雇用条件が劣るため人材の誘致が困難な公務から、高級官僚を占めるにふさわしい人々をますます遠ざけるに至つた。人事委員会はこの事態を憂慮し、機会あるごとに上級官職に対する給与改善の必要性を力説し、かつそのための立法活動等をも行つてきた。昨1956年7月の各省長官、次官クラスをはじめとする高級職員の給与の増額は、この観点における改善への第一歩ともみられるが、分類法関係では、僅かに18等級の年額1,200ドル(8%)の増額および17等級に一号俸の増設がなされたに過ぎず、15等級と1等級との関係は依然として改善されていない。このような状態が、戦後相当の年月を経た今日なお解決されていない理由は、もとよりこれを正確に知ることはできないが、問題の解決が単に上位等級の俸給を引き上げること等のみによつて得られるものではなく、民間給与との比較の上に立つ給与制度全体としての体系ないしは水準の根本的な再検討を必要とする状態ににあるのではないかと考えられる。1954年の分類法の改正において、募集困難な科学者、工学者を公務に獲得するための措置として、これらの官職について初任給の例外-通常初任給は各等級の初号俸であるが、この場合必要と認められる上位号俸をその官職の初任給としうる措置-を設けたというようなことはこれを裏書きするものであろう。いずれにせよ、合衆国においても、公務員の給与に関して将来解決すべき重要な問題が横たわつていることは事実といわなければならない。(法制課 岡田仁)


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