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503. 辻清明=人事院月報第81号(その2) [49.「人事院月報」拾い読み]

 前回に続き、辻清明「”人事行政の本旨”とはなにか」(人事院月賦第81号1957年11月発行)を掲載する。

 議院内閣制と人事行政との関連

 人事院の独立が違憲である、という批判は、かなり久しいものである。それは、国家の複雑多岐な統治をロックやモンテスキュー以来おきまりの素朴な三権に分類し、立法でもなく司法でもない一切の機能を、見境いなく、行政という単一の範疇に投げこんでいる形式論が生み出す論法といつてよい。現代のごとく、准立法や准司法の作用を併有する行政の種類が生ずるに至つては、これからの行政をモンテスキュー流の素朴な行政と同視することは、現代統治の内容を誤認させる結果になる。したがつて、この種の新しい行政は、人事行政をも含めて、当然、国家の最高機関である国会や、主権者である国民に、直接責任を負うものとして、首相の統制範囲から除外したほうが妥当であろう。
 このことは、私たちをして、議院内閣制と人事行政ないし公務員制度との関連についての考察へ導かざるをえない。なぜなら、議院内閣制は議会に対する行政の責任を、内閣が負う建前となつているからである。だが、イギリスの場合とちがつて、わが国の議院内閣制は、完全なものではない。げんに国会が最高機関であると定めながら、裁判所の規則制定権や司法権の独立を認めているのみならず、地方団体についても一定限度の自主立法権を許し、かつ特別法に関する住民投票の制度をも採用している。もちろん、裁判所や地方自治の場合には、憲法の明文で保障されているが、とにかく、議院内閣制といつたところで、その内容は、固定したものとはいえない。公務員制度について、直接このような規定のなかつたのは、その重要性に関する認識の浅さにもよるが、強いて憲法のなかにそれに該当する条文を求めれば、もとよりないわけではない。第15条に定める「公務員に対する国民主権の原則」と、「公務員が特定党派の使用者でない宣言」が、これにあたる。
 議院内閣は、当然、政党を母体とする内閣である。ところが、その時々に政策を異にして現れる特定の内閣が、人事行政を完全に掌握するならば、国家公務員は、一定党派の私兵に化する危険がある。とくに、ブラウが、その好評の近著「現代社会における官僚制」(1956)のなかで指摘しているとおり、民主制と官僚制との差異が、「少数派の自由」の存否にあるとしたならば、偶然比較多数の議席をえた政党が、巨大な人事を掌握して、本来の勢力が表示せるよりも遙かに巨大な権力を振うことにもなりかねない。そうなれば、これと逆比例して、本来の少数派は、その勢力よりも、遙かに小さい発信権しかもつことができなくなり、その自由は限定されざるをえまい。これでは、すでにブラウのいう官僚制の性格が濃厚に現れているものであり、公務員制度の掲げている目的からは、およそ遠いものといわねばならない。もともと議院内閣制は、国民のあらゆる層の意思を、国会に反映することを目的とし、そこで定められた法規を、できるだけ忠実に執行することが、とりも直さず国民の意思に忠実なる所以であると考えたところに成り立つた。ところが、議院内閣制が、巨大な公務員制度の出現に当面し、いま挙げたごとく、本来の使命の達成に障害を受けるならば、当然反省すべきことは、そのよつて生れてきた議院内閣制の使命に立ち帰ることであろう。この反省を生かしその本旨を達成するための条件をあたえているのが、とりも直さず、ここにいう憲法第15条である。第15条が、議院内閣制を生み出した代表政治の真の意図を、20世紀の今日において、より完成するという重要な使命を秘めた条文だと解釈することは、それほど牽強付会の辞だとはおもえない。


 改定は「人事行政の本旨」に基づいて

 このように見てくると、人事行政を、内閣から独立した人事院でおこなうことは、公務員制度の本旨から見ても、決して違憲とはいえないようである。もちろん今日の人事院が、理想の形態であるとはいえない。人事院の構成等についても、諸外国の例を参照してまだまだ考慮しなければならない点も多い。ただ改革がいかなるものであるにせよ、それは常に、私の指摘したような「人事行政の本旨」の理解の上に立つものであつてもらいたい。改革理由が、内閣責任の一元化や行政の便宜といつた安易なものであつては、それこそ代表政治の原理に背くものといつてよい。

 著 者(カット写真)紹介…大正2年生 昭和12年東大法学部卒 現在東大教授、行政学会理事 著者「行政学講義」「日本官僚制の研究」「社会集団の政治機能」


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